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  大槻 俊斎(おおつき しゅんさい)
・説明:1806−1862年 赤井村生まれ 大槻武治の次男
 幕末の蘭方医(江戸で天然痘の種痘を広めた)
 1821年18歳 江戸に出て手塚良仙のもとで修行し、このとき石巻出身の湊長安、水沢市の高野長英らと出会う
 1837年34歳の時長崎でオランダ医学を学び江戸に戻り開業する。
 1856年には仙台藩医になった。
 1858年55歳 大槻俊斎らは、神田のお玉が池種痘所を開く
 種痘所は、西洋医学所、医学所等と改称・発展し、東京大学医学部の前身とされるため、俊斎は東大医学部初代総長と見なされている。
  

大槻俊斎
・場所:東松島市小松上浮足256 東松島市保健センター Yahoo!地図 
・設置年:



 

・場所:宮城県東松島市赤井字星場 Yahoo!地図 
・設置年:1960年 
 

・場所:東京都豊島区巣鴨5-32-2 総禅寺
 
・場所:宮城県東松島市赤井字星場 Yahoo!地図 
・設置年:1960年